お盆に地元へ帰ると、
自分の人生が思っている以上に「仕事の都合」で進められていることに気づく。
あああ
普段はそんなこと、ほとんど考えない。
けれど、親の顔を見たり、子どもが祖父母と過ごす姿を見たり、
いつもとは違う時間の中に身を置くと、
忙しさの奥に隠れていた「別の生き方の可能性」が、ほんの少しだけ見えてくる。
あああ
あああ
別に、今の生活が嫌なわけじゃない。
仕事もある。
家族もいる。
それなりにちゃんと働いて、それなりにちゃんと生活している。
都市部は便利だ。
コンビニも病院も学校も店もたくさんある。
Amazonで頼めば大抵のものは翌日に届くし、電車に乗ればどこへでも行ける。
若い頃に思い描いていた「大人の生活」から、それほど外れているわけでもない。
それなのに。
お盆に地元へ帰って、昔からほとんど変わらない道を車で走ったり、
実家の居間で親と話したり、自分の子どもが祖父母と楽しそうに過ごしている姿を見たりすると、
普段はあまり出てこない問いが、ふっと頭をよぎる。
「このままずっと今の生活を続けるのかな」
そんなことを思った人は、今年のお盆にも結構いるんじゃないだろうか。
お盆というのは、人生について考えるには妙にいい時期だ。
年末年始みたいに、
「今年の目標は?」
と気合いを入れる感じでもない。
ただ、自分が昔いた場所へ戻る。
昔の自分を知っている人に会う。
親を見る。
自分の子どもを見る。
そして、今の自分を見る。
すると、
日常では仕事や予定の下に押し込んでいるものが、少しだけ浮かび上がってくる。
「これから、本当はどう暮らしたいんだろう」
と。
- 20代の頃は、田舎から出ることに迷いなんてなかった
- 「何にもない田舎」が、子どもを連れて帰ると違って見える
- そして、親が少しずつ年を取っていることにも気づく
- 僕たちは「今週をどう乗り切るか」は考えるが、「10年後どう暮らしたいか」は考えない
- 日本は豊かな国なのに、「自分で選んでいる感覚」は強くないらしい
- 幸せになるために、もっと稼がなければいけないのだろうか
- たとえば、こんな二つの人生があったらどうだろう
- お盆に「地元で暮らすのもいいな」と思う。でも3秒後に現実へ戻る
- 大切なのは、「選べる状態」をつくっておくこと
- 僕たちは「仕事」と「人生」を別々に考えすぎている
- 30代40代、人生の選択肢はまだまだ増やせる
- 「起業したい人」を増やしたいわけではない
- 今年のお盆、あなたは何か引っかかりませんでしたか
- 「このままでいいのかな」で終わると、また一年が過ぎる
- 「選べる働き方 個別相談」やってます
- また一年、「自分にはどうせ無理だから」で過ごす前に
20代の頃は、田舎から出ることに迷いなんてなかった
僕自身、もともとは田舎で育った。
若い頃、地元を出ることに全く迷いはなかった。
いや、むしろどちらかというと、地元に残ることは選択肢としてゼロな人間だった。
大学へ行くなら都会。
仕事をするなら都会。
面白い人に会うのも都会。
仕事の選択肢が多いのも都会。
新しい情報や刺激があるのも都会。
当時は、「いつか地元へ戻ろう」なんてほとんど考えていなかった。
たぶん、僕と同じような人はかなりいると思う。
高校を卒業する。
大学進学で地元を出る。
そのまま都市部で就職する。
そこで結婚する。
子どもができる。
保育園を探す。
子どもが学校へ通い始める。
仕事では責任ある立場になっていく。
一つひとつは、その時の自分がちゃんと選んできたことだ。
誰かに無理やり決められたわけではない。
でも30代、40代になった頃、ふと気づく。
「あれ。このままの人生で本当に良いだろうか?」
と。
別に、今の人生が完全に嫌だという話ではない。
ただ、
20歳の自分が決めた方向に、そのまま40歳手前の自分まで乗ってきただけなのだとしたら、
一度くらい、
「今の自分なら、本当に同じ道を選ぶだろうか」
と自分の心に正直になって考えてみてもいいと思う。
20歳と40歳で、大切なもの・価値観が変わるなんて当然だからだ。
「何にもない田舎」が、子どもを連れて帰ると違って見える
若い頃には、正直「何にもないな」と思っていた地元。
店が少ない。
電車も少ない。
遊ぶ場所も少ない。
車がないと不便。
働くところも満足にあるとは思えない。
都会へ出てきた頃には、「やっぱり都会は便利だな」と思った。
ところが、自分に子どもができる。
そして子どもを連れて地元へ帰る。
すると、
同じ景色なのに少し違って見える。
土地が広い。
空が広い。
自然がある。
近所の人が普通に声をかけてくれる。
子どもが祖父母と一緒に過ごしている。
都市部ではなかなかできない遊びをしている。
そんな姿を見ていると、
昔は「何もない」と思っていた場所が、
「余計なものがない尊い場所」
にも見えてくる。
人間、勝手なものである。
20代には刺激が欲しかった。
40代に近づくと、今度は余白が欲しくなったりする。
でも、それでいい。
人生のフェーズが変われば、欲しいものも変わる。
問題は、
変わっていく自分の価値観を無視して、
昔決めた人生をそのまま続けることの方だと思う。
そして、親が少しずつ年を取っていることにも気づく
地元へ帰ると、もう一つ避けて通れないことがある。
親のことだ。
親はずっと自分の「親」だから、つい昔のままだと思ってしまう。
でも当然、親も年を取る。
白髪が増える。
前より歩く速度が少し遅くなる。
昔なら普通にやっていたことを、
「これちょっとやってくれない?」
と言われたりする。
久しぶりに会った瞬間、
「あれ、親ってこんなに小さかったっけ」
と思った経験がある人もいるんじゃないだろうか。
そして自分の子どもと親が楽しそうにしているのを見る。
そのとき、少しだけ思う。
「こういう時間って、あとどのくらいあるんだろう」
と。
僕たち30代、40代というのは、
子どもが育っていく時期であると同時に、
親が少しずつ老いていく時期でもある。
仕事では中堅になり、責任が増える。
家庭では子育ての真っ最中。
住宅ローンもある。
教育費もこれからかかる。
そして少しずつ親のことも現実的になってくる。
人生の中で、いろんなものが同時に動き始める時期だ。
そんな時期に、
「とにかく今の仕事で上を目指す」
という考えだけで人生を設計し続けるのは、少し無理があるのではないだろうか。
僕たちは「今週をどう乗り切るか」は考えるが、「10年後どう暮らしたいか」は考えない
普段の生活を思い出してみてほしい。
月曜日。
朝から子どもの準備。仕事。
夕方になれば、お迎えや家のこと。
火曜日。
だいたい同じ。
水曜日。
もう少し疲れている。
木曜日。
「あと一日」
金曜日。
なんとか終わった。
土曜日。
子どもの習い事や予定で一瞬で終わる。
日曜日。
「あれ、もう夕方?」
そしてまた月曜日が来る。…
僕と同世代の子育て世代は、だいたいこんな感じじゃないだろうか。
別に怠けているわけではない。
むしろ逆だ。
ちゃんと働いている。
ちゃんと家族のこともやっている。
だからこそ、
人生について考える暇がない。
今週をどう乗り切るか。
来月の仕事をどうするか。
子どもの予定をどうするか。
それは考える。
でも、
「5年後、どこに住んでいたい?」
「10年後、平日の夜をどう過ごしていたい?」
「子どもが中学生、高校生になった頃、自分はどう働いていたい?」
「親とどんな距離で暮らしたい?」
そんなことは、ほとんど考えない。
正確には、
考える余白がない。
だから、お盆みたいに日常から少し離れた瞬間に、
ふっと顔を出すのだと思う。
「このままでいいのかな」
という問いが。
僕は、この問いを「盆休みで感傷的になっているだけ」で片づけない方がいいと思っている。
日本は豊かな国なのに、「自分で選んでいる感覚」は強くないらしい
興味深いデータがある。
2026年の「世界幸福度報告書」で、日本は世界61位、G7の中ではなんと最下位。
そんな日本の幸福度を下げている一要因として考えられるのが、これだ。
「人生の選択の自由」は83位。
つまり「いかに自分で選べているかという感覚」
これが日本はとてつもなく低いレベルだということだ。
健康である。仕事もある。家もある。
食べるものにも大きく困っていない。
便利な社会に暮らしている。
でも、
「自分で決めている」という感覚が薄い。
会社がここにあるから、ここに住む。
会社がこの時間までだから、この時間まで働く。
転勤と言われたら、家族で考える。
子どもがいるから、仕事を辞められない。
住宅ローンがあるから、今の会社を辞められない。
地元へ戻りたい気持ちはあるけれど、仕事がないから無理。
本当はもう少し家族との時間を増やしたいけれど、「今の立場では仕方ない」
…で終わる。
一つひとつは現実的な判断だ。
僕も、それを軽く考えるつもりはない。
でも、
それが10個、20個と積み重なった先に、
「気づいたら、自分の人生なのに、自分で選んでいる感覚があまりない」
という状態が生まれるのだとしたら。
自分の人生なのに、
なんだか「他人が決めた正解っぽい何か」に縛られてないだろうか。
幸せになるために、もっと稼がなければいけないのだろうか
僕たちは、人生をよくする方法を考えると、
すぐに「もっと」に向かう。
もっと年収を上げる。
もっとキャリアアップする。
もっといい会社へ行く。
もっと広い家を買う。
もっと成果を出す。
もちろん、それを望んでいるなら目指せばいい。
僕自身、仕事で成果を出すことは好きだし、成長することも大事だと思っている。
ただ、
子どもができると、人生に別の物差しが増える。
つまり、「もっと優先順位の高い重要なもの」が増える。
17時や18時に仕事を終える。
家族と夕飯を食べる。
今日学校であったことを子どもが話す。
宿題を見る。
一緒に風呂に入る。
休日にどこかへ行く。
妻とくだらない話をする。
親のところへ顔を出す。
そういうものだ。
おそらく人生の最後に振り返れば、
かなり大きな部分を占める時間だと思う。
なのに僕たちは、
年収が100万円上がれば、「キャリアアップですね」と言われる。
でも、
家族との時間が毎日2時間増えても、
あまり「人生がアップしましたね」とは言わない。
管理職になれば「成長」。
仕事を少し減らして子どもとの時間を増やせば、
場合によっては「キャリアを諦めた」と言われる。
なんか変じゃないだろうか?
人生全般としては豊かになっているのに、
評価の軸は仕事が基準。
そんな硬直的な考えでいるから、苦しくなるのではないだろうか。
たとえば、こんな二つの人生があったらどうだろう
例えば、Aさん。年収1000万円。大手企業の管理職で、仕事にもやりがいを感じている。
ただ、帰宅は毎日21時前後。平日に子どもとゆっくり話せる時間はほとんどない。
休日にも仕事の連絡が入り、家族で出かけていても、ついスマホが気になる。
一方、Bさん。会社員を辞め、自分の経験を活かしてフリーランスとして仕事をしている。
年収は800万円ほど。Aさんより収入は少ない。
その代わり、仕事の量や時間はある程度自分で調整できる。
朝、子どもを学校へ送り出してから仕事を始め、17時頃には仕事を終える。
夕方は家族でご飯を食べる。
学校行事がある日は、あらかじめ仕事を入れない。
平日に少し仕事を抜けて子どもの用事を済ませることもできる。
土日は、基本的に家族と過ごす。
もちろん、自営業だから楽なわけではない。
自分で仕事を取らなければならないし、収入が毎月完全に保証されているわけでもない。
会社員とは違う不安や責任もある。
それでもBさんは、
「どれくらい働くか」「いつ働くか」「どんな仕事を受けるか」を、自分で決められる部分が大きい。
さて、
どちらが「上」だろうか。
たぶん、答えはない。
年収1000万円で、大きな仕事を動かすAさんの人生を心から望む人もいる。
多少収入が下がっても、家族との時間や働く時間の自由度を大切にしたいBさんもいる。
だから大切なのは、
どちらが正解かではない。
自分は、どちらを選びたいのか。
ここだ。
そして、もっと大事なのは、
「Aしかない」のではなく、「Bのような働き方も自分も選べる」状態をつくっておくことだ。
会社員を続けることもできる。
自分で仕事をつくることもできる。
その両方を知ったうえで、自分の人生に合う方を選ぶ。
選択肢がなければ、そもそも選ぶことはできない。
お盆に「地元で暮らすのもいいな」と思う。でも3秒後に現実へ戻る
地元へ帰る。
子どもが楽しそうにしている。
自然もある。
親も近くにいる。
「こういうところで暮らすのも、案外いいかもな」
と思う。
だがしかし、おそらく3秒後くらいに、
「いや、仕事ないし」となる。
今の会社は地元にはない。
同じ給与の求人があるとは限らない。
これまで積み上げてきたキャリアもある。
住宅ローンもある。
教育費もこれからかかる。
「田舎でのんびり暮らしたいです」
だけで人生を変えられるほど、30代、40代は身軽ではない。
だから僕も、
「みんな都会を捨てて田舎へ帰ろう」
なんて話をしたいわけではない。
そんな話なら、ただの移住ポエムだ。
僕が考えたいのは、その一つ手前だ。
なぜ僕たちは、「仕事がある場所で暮らす」ことをこんなにも当たり前だと思っているのか。
ということだ。
大切なのは、「選べる状態」をつくっておくこと
今回、お盆に帰省して改めて思ったのは、
どこで暮らすか、どう働くかを、今ある条件だけで決めなくてもいい
ということだ。
僕たちは、気づかないうちに、
今の会社で働く。今の場所に住む。
今の時間で働く。今の収入源に頼る。
それを「前提」にして人生を考えてしまう。
でも、本当はもっと選択肢があっていい。
会社員を続けてもいい。
転職してもいい。
副業を始めてもいい。
自分の仕事を持ってもいい。
働く時間を減らしてもいい。
逆に、今は仕事に思い切り力を入れてもいい。
住む場所を変えてもいいし、変えなくてもいい。
大切なのは、
今すぐどれかを選ぶことではなく、必要になったときに選べる状態をつくっておくことだ。
子どもが生まれた。
親の状況が変わった。
自分の価値観が変わった。
今まで好きだった仕事に違和感を持つようになった。
もっと家族との時間が欲しくなった。
人生には、これからもいろいろな変化が起きる。
そのたびに、
「でも会社があるから」
「でも今の仕事しかできないから」
「でも収入がなくなるから」
と、最初から選択肢を消してしまうのではなく、
「じゃあ、他にどんな方法があるだろう」
と考えられる自分でいれるのがベスト。
僕自身、会社員を離れ、自分で仕事をつくってきたからこそ、
「仕事をつくる力」の価値は、単に収入を増やすことではないと思っている。
それは、
人生の選択肢を増やす力でもある。
会社に残ることもできる。
違う仕事をすることもできる。
働く量を変えることもできる。
暮らし方を変えることもできる。
そして、その中から自分で選ぶ。
僕が大人に伝えているのは、
「起業しましょう」ということより、
人生の状況が変わったときに、自分で選び直せるだけのカードを持っておこう
ということだ。
僕たちは「仕事」と「人生」を別々に考えすぎている
キャリアの話になると、
会社、職種、年収、役職、資格、転職、市場価値・・・
そんな話になる。
一方、人生の話になると、
家族、子ども、住む場所、実家の親、健康、趣味、友人・・・
そんな話になる。
でも、本当は両方とも全部がつながっている。
どんな仕事をするかによって、
どこに住めるか、何時に帰れるか、子どもと過ごせる時間が変わる。
夫婦で話す時間も変わる。親に会える頻度も変わる。
疲れているか、余裕があるかも変わる。
だから、
働き方と生き方を分離して考えること自体に、少し無理がある。
「どんな仕事をしたいですか?」
の前に、
「どんな人生を送りたいですか?」
と考えてもいいはずだ。
30代40代、人生の選択肢はまだまだ増やせる
30代、40代になれば、もう進路指導をしてくれる先生はいない。
「あなたには、こういう道もありますよ」と教えてくれる人もほとんどいない。
会社に入れば、その会社の中のキャリアは教えてもらえる。
でも、
会社の外にどんな人生があるのかは、誰も教えてくれない。
副業をしてもいい。複数の仕事を持ってもいい。
地方へ移ってもいい。今の経験を使って、自分の仕事をつくってもいい。
数年間だけ仕事を減らしてもいい。子どもが大きくなってから、またアクセルを踏んでもいい。
僕たちは大人になると、
いつの間にか、「もう人生はだいたい決まった」
みたいな顔をして生き始める。
でも、そんなわけはない。
40歳なら、まだこれから何十年もある。
今からでも選択肢は増やせるんだ。
「起業したい人」を増やしたいわけではない
僕は長く起業支援をしてきた。
でも、
全員に会社を辞めてほしいわけではない。
全員に法人をつくってほしいわけでもない。
月商100万円を目指してほしいわけでもない。
そんなものは、人によって違う。
会社員を続けてもいい。
転職してもいい。
副業でもいい。
週4勤務でもいい。
自分の仕事を一つだけ持ってもいい。
夫婦で仕事を組み替えてもいい。
本格的に独立してもいい。
重要なのは、
「自分にはそれしかない」状態から抜けることだ。
今の会社しかない。今の職種しかない。
今の地域に住むしかない。この働き方を続けるしかない。
ではなく、
「他にも選べる。そのうえで、今はこれを選ぶ」
と言える状態をつくる。
僕が言う、
「選べる働き方」とはそういうことだ。
今年のお盆、あなたは何か引っかかりませんでしたか
少し今年のお盆を思い出してみてほしい。
久しぶりに地元へ帰って、「懐かしいな」と思った。
親の顔を見て、「年取ったな」と思った。
子どもと祖父母が遊んでいる姿を見て、「こういう時間っていいな」と思った。
昔の友人に会って、「別に東京や大阪だけが人生じゃないよな」と思った。
田舎道を車で走りながら、「こういうところで暮らすのも悪くないな」と思った。
そして帰りの車や新幹線や飛行機。
自宅が近づいてくる。
頭の中も、少しずつ日常へ戻っていく。
「そういえば、あの仕事の連絡返さないとな」
「休み明け、朝から会議だ」
「もうすぐ仕事モードに切り替えなきゃ」
そして、
ほんの一瞬だけ、
「自分、このままでいいのかな」
と思った。
もし、そんな瞬間があったなら、
その感覚を雑に消さない方がいいと思う。
別に、
会社を辞めろという意味ではない。
田舎へ移住しろという意味でもない。
起業しろという意味でもない。
ただ、
自分の人生について、そろそろ一旦真剣に考えてみてもいい。
というサインなのかもしれない。
「このままでいいのかな」で終わると、また一年が過ぎる
ただし、ここで一つ大事なことがある。
「このままでいいのかな」だけで終わったら、ただのモヤモヤだ。
休みが終わって仕事が始まる。
9月になり、あっという間に年末になる。
そしてまた来年のお盆・・・
だから、
「このままでいいのかな」の次に、
「じゃあ、自分はどうしたい?」
まで考えてみる。
どこで暮らしたいのか。
何時まで働きたいのか。
家族とどんな時間を過ごしたいのか。
どれくらいの収入が必要なのか。
仕事で何を大事にしたいのか。
自分が今まで身につけてきたものは何なのか。
会社の外でも使える経験は何なのか。
自分で仕事をつくるとしたら、何ができそうなのか。
そして、
その人生を実現するために、
どんな働き方を選べる自分になればいいのか。
ここまで考えると、
ただのモヤモヤが、少しずつ「選択肢」に変わっていく。
「選べる働き方 個別相談」やってます
そこで僕は、
これまで10年間3000名以上に取り組んできた起業支援よりも、
もう少し手前の段階から相談できる場として、
「選べる働き方 個別相談(2時間/無料)」
をつくることにした。
対象は、「起業すると決めました」という人だけではない。
むしろ、
「会社を辞めたいわけじゃない。でも、このまま10年続けるのも少し違う気がする」
そんな人に来てほしいと思っている。
たとえば、
- 子どもが生まれて、仕事への価値観が変わってきた。
- 会社員を続けながら、自分でも何かできないか考えている。
- 地元へ戻る、地方で暮らすという選択肢も持っておきたい。
- 今の仕事以外に、自分に何ができるのか知りたい。
- もっと家族との時間を持てる働き方を考えたい。
- まだ起業するほど腹は決まっていない。
それでいい。
相談では、いきなり、
「何を売りますか?」「月の売上いくら目指しますか?」
みたいな話からは始めるつもりはない。
まず、
どんな人生にしたいのか、から考える。
住む場所、家族との時間、働く時間、収入、今までのキャリア、自分がすでに持っている経験。
それらを整理したうえで、
会社員・転職・副業・複業・独立。
いろんな可能性をテーブルの上に並べる。
その中から、
「自分には、こんな生き方もできるのか」
というカードを増やしていく。
それが、この相談で進めることだ。
POINT※ 選択肢を一旦整理するまでなので、無料で2時間実施します。
※ 具体的にその選択肢を実行するためのサポートが弊社から可能だと判断した場合には、有料のプログラムをご案内することがあります。あらかじめご了承ください。
また一年、「自分にはどうせ無理だから」で過ごす前に
人生は、今日すぐに変えなくてもいい。
会社を辞めなくてもいい。
今すぐ移住しなくてもいい。
明日から副業を始めなくてもいい。
でも、
「どうせ無理だから」
と、自分の人生のカードを最初から捨てる必要もない。
地元に戻ってもいい。
都会にいてもいい。
もっと仕事をしてもいい。
仕事を減らしてもいい。
会社員を続けてもいい。
自分で仕事をつくってもいい。
人生の途中で、選び直してもいい。
大事なのは、
自分で選べることだ。
今年のお盆、もしほんの一瞬でも、
「このままの人生でいいのかな」
と思ったのなら。
その問いを、
「じゃあ、自分はどう生きたい?」に変えてみてほしい。
そして、一人ではなかなか整理できないなら、
僕と一緒に考えましょう。
人生に、選べる未来を。
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